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1998年夏トルコ・ギリシャ・北キプロスの旅② 北キプロスにて大ピンチ [TRIP]

完全に迷子になってしまった僕を旅の道連れにしようとしているおっさん(50歳くらい?)
どうやらルーマニア人の元船乗りだそうだ。

「どこ行くの?」
「北キプロス」
そんな国あったっけ?
キプロス島なら聞いたことがあるけど。
(EUに加盟しているのは南キプロス、ギリシャ系。北キプロスはトルコがキプロス島の北を占領してできた国。その時は全く知らなかった。)

「一緒に行こう!」
無責任に言うルーマニア人。

何にもない情報のない国に行くことに少しだけ心配になりつつも、すでに恐怖心が麻痺した僕は思わず言ってしまった。
「よし、行こう。」

こうして、ますます不幸のつぼにはまっていく。

海路でトルコ(タルスス)→北キプロス(ギルネ)へ。
厳重なパスポートチェックを受け、ボートに乗って全くイメージもわかない未知の国北キプロスへ。

・・・しかも、おっさんにくっついているだけなので、
命綱は、出会ったばかりのこのルーマニア人のおっさんだ。
聞けば、船乗りだった当時、世界を船で渡ったそうで、足に大きな傷がある歴戦の勇者。人相も映画に出てくる海賊みたいだ。
友達を訪ねに北キプロスまでわざわざ行くことにしたらしい。
よくわからんが、頼もしいぞ。

僕も多分、泊めてくれるとのこと。
「ああ、何とかなりそうだ。」
ほっと胸をなで下ろす。

海路で着いた北キプロスだが、何の感慨もない。
どんよりとした天気で、大地が荒涼としている。
キプロス島と聞いて思い描いていたバカンスイメージは全くないのだ。
バスの通り道には、基地がたくさんあり、銃を構えた兵隊さんがたくさんいる。
逆に一般人がほとんど歩いていない。
何だろうね。この国は?

まあ、何とかなるだろう。
ルーマニア人のおっさんがいるし。

・・・しかし、その安堵は数時間と続かなかった。
おっさん、港で友達を見つけるや僕に。

”宿は用意できない。Bye!”
で去っていってしまったのである。

シャレになっていない。

今、私はどこにいるのでしょう?
地図がなく言葉も通じません。
周りに日本人どころがアジア人は一人もいません。
しかも、トラベラーズチェック以外、ほとんど金なし。
情報も全くゼロ。

私はどうなるのでしょう。
”Oh,my GOD!!”絶叫状態。

兵隊が何人も連なって出来ている像を中心にした雰囲気がぴりぴりしている中央公園。
PARK.JPG

近くには母子が虐殺される様子を克明に残した像もある。
観光とはかけ離れた雰囲気。
・・・・とにかくこの国から脱出しなきゃいけないと真剣になった。

まず現金が全くないため、トラベラーズチェックを現金化しようとした。
港の両替屋、何とレートの半額を提示してきた。
これはいくらなんでも吹っかけすぎ、日本人をなめるなと怒りながら、交渉した。
が、埒が明かない。

地図もない近くの町を歩き回り、何とか両替屋を発見。
正常なレートでトラベラーズチェックを現金化。
安宿を探し歩いて確保して、次の日の午前中に北キプロスを何とか脱出した。

とにかく、パスポート、金、宿、飯、これが全ての生命線。

この経験で、自分の命は自分自身で守らなければならないということを当たり前のことを心から実感した。
この北キプロスのことは本当に全くわからなかったけれど、あまりに良い思い出がないので、もう二度とこの国に来ることはないと思う。

こういう旅行の仕方を絶対してはいけないと深く反省した。

そして、トルコに戻り、旅のプランを立て直すことにしたのであった。
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